弱さがあるから強くなれる

先日、姉のお友だちがお母さまと一緒に整膚を受けにいらしてくださいました。

そのお友だちはずいぶん前に整膚を受けてくださっていて、今回はご自身のことももちろんなのですけれど、お母さまのケアを一番に考えていらしてくださったのだな、と思いました。

というのも、お母さまは何年か前に事故に遭った際大けがを負い、それ以来、体のあちこちが緊張して、様々な刺激に敏感になっていらっしゃるようで、強い刺激では体への負担が大きすぎるとのことでした。

そこで、整膚なら気持ち良く体もほぐれるのでは?と考えて、お越しくださったわけなんです。

 

 

最初こそ、緊張が強くて引き連れ感のある部分の肌は、ちょっと痛いと感じられたようですが、痛みを感じない程度の弱い力で軽く触れていくうちに、徐々に緊張もほどけてきて、「気持ち良いわね~」と、ウトウトされていました。

眠くなる、いつの間にか眠ってしまうということは、体がその刺激を気持ち良く受け容れている証拠。

わたしにとっては、どんな言葉よりも感じていらっしゃることを伝えてくれていると感じられます。

 

 

 

わたしのところにいらしてくださる方は、「押されたり揉んだりされるのが苦手」とか、「強いマッサージだとかえって具合悪くなっちゃうの?」というような、一般的な施術が体質や好みに合わないという方がほとんどです。

今回も、新たにいらしてくださった方の施術をしていて、これまでずっとやってきたこと、学んできたことの全てが一つにつながったような、不思議な感覚に陥りました。

 

 

わたしのところには、たくさん存在している人の中で、様々な意味で外部からの強い刺激に敏感に反応する方々、つまり刺激に“弱い”方々が来てくださること。

リラクセンスや整膚で学んだ、“弱い”力で相手の体に寄り添い、その治癒力を引き出すこと。

わたしが行なっている施術は、体の中の一番緊張の強い部分、つまり体の中で一番“弱い”部分、一番“弱い”力で寄り添う必要がある部分を基準として向き合うものであること。

 

このように、わたしの施術を語るうえで、“弱い”という言葉は欠かせない要素になるんだなぁと気づいたのですが、“弱い”という言葉にも様々な意味合いがありますね。

・力や技が劣っている
・心身が丈夫でない。病弱である
・意志が堅固でない。心がぐらつきやすい
・環境や条件に屈しやすい。物事に耐える力が乏しい

などなど、誰かの助けを必要とするか細いイメージを伴う言葉ではありますけれど、一方で、

・程度や度合いが小さい
・ゆるみがある。固くない

など、“優しい”という言葉に置き換えられるような、柔らかなイメージを持つ言葉でもあります。

 

 

わたしがこれまで行ってきたことは、そしてこれからも続けていくだろうこと、大切にしていくべきことは、目の前の相手の方の最も“弱い”部分と向き合い、そこに“弱い”力で“優しく”寄り添うことなのだな、と。

そして、「この自分で大丈夫なんだ!」と、その方が安心して次へと進むためのきっかけ作りやお手伝いをさせていただくことなんだな、と。

“弱い”という言葉がキーワードとなって、自分の道をはっきり見せてもらったような感覚になりました。

 

 

 

人間は強くて弱い。

強いだけの人間もいないし、弱いだけの人間もいない。

誰かが自分を頼りにしてくれるときは、喜んでそれに応えられるだけの自分でありたいと思いますし、

また自分がどうしようもなく弱った時には、やっぱり誰かに寄り添ってほしいと思うし、そんな自分の弱さを丸ごと受け容れて、素直に助けを求められる自分でありたいとも思います。

本当の強さというのは、今現在の自分の弱さもダメさも全てそのまま受け入れて、素直に認められることだと思うから。

“弱さ”は確かに弱さではあるけれど、そこに寄り添った時に初めて本当の“強さ”を引き出すことができるのですね、きっと。