体を調律する

 

『調律』とは

楽器の音高を演奏の目的にあった状態に整えること。音質や音色が問題で明確な音高を必要としない楽器(ゴング、ドラム、シンバルなど)の場合は「整音」とよぶが、広義の調律にはこの「整音」や、楽器の演奏機構を整備する「調整」などの作業も含まれる。

―日本大百科全書(ニッポニカ)―

 

 

 

10日ほど前に、あるお客さまから1通のメールをいただきました。

リラクセンスの施術を受けてくださった後のご様子をお伝えしてくださるとともに、1冊の本をご紹介くださいました。

 

宮下奈都 著 『羊と鋼の森』(文藝春秋)

 

 

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ピアノ調律師を目指す青年の心の成長と周りの温かな人々のお話で、文体が静かで美しくて情景が目に浮かんできます。
ピアノ調律師の人々が描かれているのですが、天野さんのお仕事ととても似ているなぁと思いながら読んでいました。
読んだことありますか?
もし読んでいらっしゃらなければ読んでください。とてもステキな本です。
それがお伝えしたくてメールしました。

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映画化されて話題になっていた時、一度読んでみようと思ったのですけれど、そのまますっかり忘れていたことを思い出しました。

この方がわたしの仕事とピアノの調律師という職業の間に、どのような共通点を感じてくださったのだろう?ということも知りたかったので、すぐに図書館で借りて読んでみました。

 

 

読み始めてすぐに、この方がおっしゃっていたように、森の景色が浮かんでくるような、空間に響く音色まで聞こえてくるような美しい文章に、知らず知らずのうちにすっかり物語に引き込まれていました。

そして、これまで全く知らなかった調律の世界と、わたしが施術で行なっていることに、これほどまでに共通点があるのだということを知り、

ドキドキするような、ワクワクするような、それでいて胸の奥の方がシンと静まり返るような、不思議な感覚にとらわれて夢中になって読みました。

そしてふとした瞬間に、「体を調律する」という言葉が浮かんで来たのです。

 

 

 

ボディワークの仕事を始めて8年半になりますけれど、本当に恥ずかしいことに、わたしはわたし自身が行っている施術を、どうやったらうまく伝えられるのか、これまできちんとつかめずにいたんです。

整体やマッサージとも違う。

単なるリラクゼーションだけでは足りない。

セラピストや施術家が型や技術を駆使して、相手の体を良くしようと働きかける施術とも違う。

むしろ相手の体の声を聴くために、相手の体の反応を感じ取るためには、「良くしてあげよう」という気持ちすらジャマになる。

相手の体の自然な反応を引き出すこと、そしてその反応にただ寄り添うだけで、体が自ら自分自身を癒し始める。

そんな、これまでのどんな施術とも違うボディセラピーをうまく説明する言葉を、どうしても見つけることができずに、ジリジリとし続けていました。

 

 

それと同時に、「セラピスト」という言葉も、わたしにはずっと違和感がありました。

なぜなら、先ほども書いたように、「良くしてあげよう」というわたしの想いは、相手の体の微細な反応をキャッチするうえでは、むしろジャマになってしまうから。

だからセラピストというよりは、体の声を聴く”職人”のような存在でありたいと思っていたんです。

 

 

そんなふうに長い間、自分の仕事を適切に表現することができない焦燥感を持ち続けていたのですけれど、

この本に描かれている調律師という仕事に触れたとき、音楽と体という全く遠い世界でありながら深く共感するものがあり、『調律する」という言葉が不思議とストンと自分の中に納まったような感覚を覚えたのでした。

 

 

 

ピアノの調律師の仕事は、ピアノという楽器を、それを演奏するピアニストに合うように、演奏される場所や環境に最も合うように調えること。

本の中で描写されているその作業の様子は、わたしが施術で体に触れている時と全く同じだなぁと感じます。

ピアノ(相手の体)に耳を傾け、ピアノ(相手の体)全体の調和を図り、そのピアノ(相手の体)の長所を最大限引き出して、最高のパフォーマンスを実現できるよう努力する。

そこではあくまでもピアノ(相手の体)やピアニスト、またはその演奏そのものが主役なので、調律師(セラピスト)の個性や技術が前面に表れないことの方が評価される。

 

ただ一つ大きく違う点は、ピアノの音色を作るのは調律師の腕の見せ所と言われているようですが、わたしの施術に置いては、主導権を握るのは終始一貫して相手の体だという点。

なぜなら、その人に関する問題の解決方法や答えは、全て今ここにある相手の体の中に必ずあるからです。

 

 

 

振り返れば、これまでわたしの施術を受けてくださった方の多くが、施術後の感覚を、「響く」とか「波」とか「リズム」など、音楽的な表現をされていたことを思い出しました。

実際に施術を体感してくださっていた皆さまが、ちゃんとヒントをくださっていたのに、気づけなかっただけだったんです。

申し訳ない、もったいないことをしてしまった、、、と、ただただ反省し後悔するばかりです汗①

 

 

この方がどんな部分から、調律師という仕事とわたしの施術の共通点を感じ取ってくださったのか、全てを理解しているわけではありませんけれど、

少なくともわたしの施術を受けてくださったときの体感と、その後の体(や心)の変化から、相通じる何かを感じてくださったのだと思います。

わたしが施術で大切にしていることを真摯に受け取ってくださり、それをこうして、わざわざ伝えてくださった。

それが本当にありがたくて、うれしくて、こんなに素敵なお客さまに恵まれて、表現しきれないくらい感謝でいっぱいです。

 

本当に大切なこと、どうしようもなく伝えたいことって、なかなか言葉で表現できないものなのかもしれません。

でも、その伝えにくいものをどうにかして伝えようとすることが大切で、そんな葛藤や工夫を重ねていく中から新しい何かが生まれてくるのかもしれませんね。

 

 

 

体を調律する

 

この言葉は、今思いつくどんな言葉よりもわたしの施術の核の部分を伝えてくれています。

わたしの施術を体感し、理解してくださった大切なお客さまからの大切な言葉。

感謝の気持ちとともに、

相手の方の体の声をただひたすらにきちんと聴くことができるよう、

体が本当に望む反応を引き出すことができるよう、

そして体と心と魂の調和を感じながら最高の自分で毎日を送っていただけるよう、

体と心の調律師として、自信と誇りをもって進み続けようと思います。

 

まだまだ未熟なわたしではありますけれど、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。