父親の背中から学んだ幸せ

 

今日は体とは全く違うお話しなのですが、、、

 

 

某国営放送で舗装されている「サラメシ」という番組をご存知ですか?

サラリーマンの昼飯でサラメシ。

タイトル通り、働く人のランチの時間の様子を取材した番組なのですが、

お弁当を作る人の家族への愛情や想いが見えたり、

新入社員が緊張の続く仕事時間の合間に、ランチタイムでやっと緊張がほどけ笑顔が表れたり、

様々な職種の人たちの仕事の現場での食事風景は、単なる食事を撮影するだけでなく、その生きざままでも垣間見ることができ、興味深く、またとても心温まる想いがします。

 

先日放送されたその番組で、思わず目頭が熱くなったお話がありました。

 

 

それはある女性から、定年を迎える父親の最後のサラメシの様子を取材してほしいとの投稿によるものでした。

娘さんであるその女性は東京住まいですが、父親は故郷の新潟の会社で、その日最後のお勤めを迎えていました。

いつものように業務をこなし、いつものように会社のビルに入っているお店で、いつものように日替わりランチを注文。

ランチ時間もいつものように新聞を読んで時間を過ごし、いつものように午後の業務を終え、社員に見送られて会社を後にしたのでした。

会社を後にしたその父親に取材者が声をかけ、娘さんからの取材依頼の手紙を父親に手渡しました。

その内容は、、、

 

 

都会のような満員の通勤電車に揺られることもなく、毎日変わりなく会社に行き、ほとんど毎日のように定時に帰宅する父親を、若い頃は何の楽しみもないつまらない人生だな、と思っていたと。

でも、自分も大人になり仕事をするようになり、結婚して母となり、子どもを育てるようになった今、当たり前に生活するということがどれほど大変なことなのかを実感するようになり、

長年にわたって家族に当たり前の生活をさせるために、父親はどれほどの苦労をしてきたのか、どれほど下げたくない頭を下げてきたのか・・・。

改めて父親の偉大さを知り、わたしたち家族を養うためにがんばってくれた父親を、心から誇りに思う。

長い間、本当にお疲れさまでした。

 

 

詳しい言葉は覚えていないのですけれど、そんな内容のことが書かれていたと記憶しています。

この時きっとこの娘さんは、物言わぬお父さまの背中から伝わる深い想いを受け取られたのではないかな・・・

そんな気がしました。

 

 

わたしは結婚していませんし、子どもを産み育ててもいないので、親としての苦労はほとんど理解していないと思います。

けれど自営業として働き始め、こうして自分ひとりですら当たり前の生活を維持することは決して簡単ではありません。

そんな経験をして初めて、父親の偉大さを本当の意味で理解した気がしたことを思い出しました。

 

 

どんなに大きな変化がないと感じても、大きな成功には程遠いと思っても、毎日を当たり前に過ごせていること自体が、実はとても奇跡的なことなんですよね。

今ここで命を続けさせてもらっている、それが大きな奇跡。

ともすれば忘れてしまいがちな、足元の小さな安定や喜びを忘れずにいられること、それが幸せなのだな、と思います。