手放すと受け容れられる

今日は鼠径部が筋肉痛のわたしです(笑)

なぜそんなところが筋肉痛?

それは、昨日の午後、リラクセンスの研修会で施術をしてもらった結果です。

自分ではまったく気づいていませんでしたけれど、普段よっぽど緊張させていたようです。

「でもさぁ、リラクセンスって気持ちが良い施術っていつも言ってるのに、筋肉痛になるなんておかしくない?」

そんな声も聞こえてきそうですが・・・

 

 

いつもご説明しているように、リラクセンスは体に触れ体からの反応を引き出すことで、楽になるための答えを体に尋ねていくセッションです。

体から自然な反応が引き出されるので、日ごろ頭で考えている体の動きとは全く違う動きをすることがよくあります。

その結果として、普段使わない部分の筋肉をすごく動かす動きが出た場合、筋肉痛になることも時々あるんですね。

でもそれは、本来使うべき筋肉を使っていなかったから、というだけのこと。

その代わりに、使うべきではない部分の筋肉を緊張させてバランスを崩していたというわけなので、ほんの数日の筋肉痛を通り過ぎれば、本来の楽な姿に戻ります。

 

 

リラクセンスは、相手の体の問題の答えを、本人である相手の体に求めます。

相手の体からの答えを100%聴くためには、セラピスト本人の思い込みの枠を広げたり、前提としていることを変える必要があります。

でもわたしたちリラクセンスのセラピストも、普通の人間です。

一人ひとり様々な思い込みを持っています。

そして研修や練習会などで練習しあいながら、自分がどんな思い込みを持っているのか、体感を通して気づき、それを手放そうと努力し続けています。

そりゃ人間ですから、100%完全ということはあり得ません。

でも、だからこそ、少しずつでも自分を制限する思いこみに気づき、その枠を広げるための努力を続けています。

なぜなら、施術する側が強い思い込みを持っていると、相手の方の自由な動きを制限してしまいかねないから。

まず自分が思い込みや制限から少しでも自由になること。

それが相手の自由を認めることにつながるのです。

 

 

そんなふうに毎月一度、研修を重ねている仲間。

誰もが研修の度に、「これが難しい、あれが難しい」とか、「頭では分かっているのに、どうしてできないんだろう?」と、何度も同じ壁にぶつかったり、できたと思っていたのにできていなかったりと、じりじりする想いを抱えながら、それでも体得できるまで諦めずにがんばっています。

ひとつには、自然や森羅万象の全てを司る真理にもつながる、リラクセンスの概念の素晴らしさに惚れているから。

そして何よりも、体の奥底から心地良いと感じる施術だから。

 

そんなふうにして何か月も同じ空間で、同じ方向を見ながら一緒に進んでいる仲間同士、昨日の研修会では、とても不思議な感覚を共有しました。

それまで苦手としていたことが何故かうまくできるようになっていたり、不安を感じて対処できなかった状況にも楽に対処できたりと、

参加した誰もがそれぞれに、大きな壁をひとつ超えた経験をしたのでした。

そしてその個人の体験を、一緒にいた仲間も感じることができた。

その空間の何とも言えない軽やかで温かな心地よさは、これまで体験したことのないものでした。

 

 

それまでは、自分の思い込みの枠を超えた相手の反応に対して、無意識のどこかで抵抗していたのが、「ま、いっか」と、ある意味で諦められた、と言った仲間がいました。

 

自分を通そうとすることを諦めた。

自分の枠を外れるものに抗うことを諦めた。

 

「ま、いっか」と思えることって、とても大きなことなんですね。

その瞬間に自我に執着することを止め、自由になれる。

自我に執着しなくなると、逆に自分をあるがままに受け容れられるようになる。

あるがままの自分を受け容れられると、他者をもより深く受け容れることができる。

 

そんな瞬間が、昨日みんなの上に同時に起こった。

それぞれが自由になった感覚が、お互いに影響しあったということなのかもしれません。

これが「循環」なんですね。

 

 

ひとつ壁を超え自由になることができた昨日の感覚、今も体に残るその感覚を大切に、さらに深め広げていこうと思います。

昨日みんなで共有したあの自由で軽やかな感覚をこれからもずっとお客さまとの間でも共有し循環させられるよう、

そのためにも、いつも、もっと自由なわたしであり続けたいと思います。