ミチハ ワタシノナカニアル

先日このブログでご紹介した1冊の本。

 

 

ミシャエル・エンデ著 「モモ」

 

以前にもお話ししましたが、この物語は不思議な力を持つ少女モモとその友だち、そしてモモが不気味な時間泥棒の集団と闘うというストーリーの児童書です。

児童書ではありますけれど、全ての大人たちにとっても、とても大切なことを考え、思い出させられるとても興味深い1冊だと思います。

 

 

このお話しの中で、カシオペイアという1匹のカメが登場します。

このカメはとても不思議な能力を持っていて、大切な場面でモモを助けるのですが、とても謎めいた言葉をいくつか残しています。

そのカシオペイアの言葉の一つが、わたしの心に深く残っています。

 

それは、モモとカシオペイアがとある場所へと急いでいる場面。

(カメなので)ゆっくり歩いて道案内するカシオペイアに、気が急いてじりじりするモモは「わたしがあなたを抱いちゃダメ?」と問いかけます。

その時のカシオペイアの返事は、こんな一言でした。

「ミチハ ワタシノナカニアル」

そう言うと、変わらずゆっくりとモモの前を歩き続けるのでした。

 

 

「道はわたしの中にある」

この言葉をどう受け止めるか、そこにはきっと個人差があると思うんですが、わたしはこんな受け取り方をしました。

 

わたしの進むべき道はわたしの中にあって、他の人には決してわからない。

そして、わたし自身の足で歩くのでなければ、それがどんな道なのかを知ることはできないし、目的地に辿り着くこともできない。

 

わたしがこのような解釈をするのは、整膚やリラクセンスというボディワークを仕事にしていることが大きく関係していると思います。

 

 

相手の体の中に答えがあるのだから、ただただ相手の体に答えを尋ねていく。

皮膚に触れ、相手の体の反応を引き出し、感じ取り、その反応をさらに広げるために、反応に寄り添っていく。

そして、体の反応に寄り添う施術で感じる体感は、他人の意図で動かされる場合とは全く異なり、自然に受け入れられるものなんです。

自分の体の望む動きなんですから、当然と言えば当然ですね。

そして自然に起こった反応から、自分は本当はどうしたかったのか、ということに初めて気づく方も多くいらっしゃいます。

 

言葉でいくら取り繕っても、体は正直に反応します。

そして、体の反応は頭で思考して答えを出すよりも、ずっと早く起こります。

体の反応こそ本能、その人の魂の声なのだと確信するようになりました。

 

そして受けてくださる方が口々におっしゃるのは、

「この感覚をどう表現したらいいか分からない」、「これは体感しないと分かりませんね!」

聞いた話で知っているのではなく、自分自身の体で経験する、体感するからこそ気づくことや理解できることがあって、それは頭や言葉を遥かに超える体験なんですね。

 

 

全ての人の中にその人の道があり、その人に関する問題の全ての答えは、その人の中に必ずあります。

それが、わたしの行う施術の大前提にあるものであり、それが全ての物事に通じる真理なのだと思います。

自分の体で経験したことや、その時の体感は、何よりも如実に”道”を示してくれるのですね。