優しい手で触れる

数か月前から読み直している本があります。

 

 

 

『今、ここに意識を集中する練習』

著者は小児科医であり禅僧でもある、ジャン・チョーズン・ベイズさん。

これまでも何度か、このブログで取り上げたことがあるかと思います。

 

 

 

ともすると人は、過去のことを思い出しては後悔したり、未来のことを考えて不安になることに時間を費やして、なかなか「今、ここ」に意識を置いておくことができない生き物です。

でも、幸せは「今、ここ、この瞬間」にしか存在しない。

そんな幸せベタな人にとっては、意識を「今、ここ」に置いておくためには、トレーニングが必要です。

著者によると、禅の修行というのは、まさに意識を「今、ここ」に置くためのトレーニング。

そして、そんな禅の修行を元に、一般の人が生活の中で「今、ここ」を丁寧に生きるための練習ができるようにと書かれたのがこの本です。

全部で53章からなるこの本、1章に一つの練習について書かれています。

1週間で1つの練習を実践し、1年かけてこの本に書いてある練習全てを実践する中で、「今、ここに生きるとはどういうことか?」を体得するというのが狙いです。

 

 

 

この本は何度か読み直しているのですけれど、1週間で1章、1年かけて実勢んしていく、ということを、これまではやってきていませんでした。

いえ、正直言うと、やってこなかったと言うより、出来なかったんです。

何事も時間をかけて計画的に進めるということが超、超苦手なわたしあせる

「こんなの1年かけなくても、もっと早く身につけられるんじゃない?」なんて驕ったことを考えて、これまでは、実践しているつもりになって読み飛ばしてきたんです汗

いえ、読み飛ばしているつもりはなかったんですよ。

でも結果的にそうなってしまっていたんですよね汗

 

 

なのですが、、、

数か月前にふと思い立って、日曜日をスタートの日として、1週間につき1章、1つの練習を実践するということを続けていました。

そして今週の練習項目が、今日のブログのタイトルに書いた『優しい手で触れる』です。

 

 

 

前置きがずいぶん長くなってしまいましたが・・・

 

 

この練習の表面的な目的は、自分が優しい手で触れることを意識することで、生活の中でどれだけ人や物をぞんざいに、乱暴に扱っているかに気づくことができます。

そして物に対しても優しく触れることを意識することによって、人だけでなく、この世の全ての者に対しても慈しみの心が湧いてくる・・・そんな深い気づきをも引き出します。

 

 

 

この章を読んで、昨日一日、思い出したときにこのことを意識していて、ふと自分に対しての質問だ浮かんできました。

わたしは自分自身の心に対して、優しい手で触れているだろうか?

そして、これまでどれだけ自分をぞんざいに扱ってきたのかに気づきました。

 

 

 

表面的には自分を優しく扱っている”つもり”でした。

でも、例えば、人に良く思われたいだとか、「こうした方が印象が良いよね」などという理由で、自分の本心を隠しているつもりもなく隠したまま、周囲に合わせることを、いつも無意識にしていたり、

これを選択した方がきっといい結果につながるはず、と、本当は別のことの方がやりたかったのに、無意識のうちに我慢してしまったり、

こんなこともできていない自分はダメだ!と、がんばって生きている自分を認めてあげずに、いつも自分にダメ出しをしたり、

 

これって、自分をいじめているよね、全然自分に優しく触れていないよね、ということに、今さらながらに気づいてしまったわけです。

 

 

そしてきっとわたしと同じように、無意識に自分の心に乱暴に触れてい人、それを繰り返している人は少なく何だろうな・・・ということも思いました。

 

 

 

自分の心に優しく触れられる人は、意識しなくても人の心にも優しく触れることができるはず。

心に優しく触れるということは、今のその人の全てをありのままに受け容れること。

心に優しく触れるということは、その人のアイデンティティを尊重すること。

 

 

 

 

「優しい手で触れる」

まずは目の前にある物に優しく触れること

そして自分自身の心に優しく触れること

そこから、全ての存在に優しく触れることを実践し続けていきたいな、と思います。