「積極的に待つ」が必要な時
久しぶりの投稿になりました
節分も終わり、また新しい一年が始まっていますね!
この数日、この時季らしい寒さがやってきていますけれど、皆さまお元気でお過ごしでしょうか?
巷ではウィルスの猛威もニュースになっていますね
マスクや除菌などの対策はもちろん必要ではありますけれど、何ものにも揺るがないように自分自身で心身の状態を整える意識が何よりも大切です。
この機会を、自分の心と体の状態を普段以上に意識して調えるきっかけにしてみてはいかがでしょうか?
わたしも意識を高く保てるようにしたいなと思っています。
そんなこんなのこの時期、わたしの周囲では、「なんだか分からないけど調子が出ない」とか、「体調が悪いわけじゃないんだけど、なぜかやる気が起こらない」とか、「いろんな流れが滞っている」などという声を、とてもよく聞きます。
昨年末辺りから、わたし自身も同じような重さというのか、滞り感のようなものを感じているので、全く同じではないけれど、皆さんが言われること、感じていることの一端は分かります。
そして、そんな風に感じている人は、きっともっとたくさんいるのではないかしら?とも思います。
物事が動かない時、動かそうと思っても動けない時というのは、必ずありますよね。
そんな時、焦って何かを動かそうとしてみても、良いことはありません。
というより、動けない時というのは、動かない方が良い理由がちゃんとあって、今は動かないことを「経験」する必要がある、ということなんですよね。
リラクセンスの施術を長く続けていると、そのことが本当に深く納得できるのです。
リラクセンスをやっていると、それまで気持ち良く動いていた体が、突然ピタリとその動きを止めることがよくあります。
施術を始めた当初は、そういう状態になると、「うわ!止まっちゃった!なんで?」と焦って、どうにかして体を動かそうとすることがしばしばでした(;^_^A
その焦りの背後にあったのは、「動くことが良いこと、動かないことは悪いこと」という思い込み。
でも、動かないことが本当に悪いの?と言ったら、いつも悪いことばかりではないのは明白ですよね。
でも、これまでの常識とか、何となく共通意識になっている「そういうものだろう」という前提があると、どうしても良い悪いという価値観で物事を判断してしまいがち。
そしてそういった前提があると、相手の体の本当の声が聞こえなくなってしまうんですね。
その後何年も施術経験を積んで理解できるようになったのは・・・
体が動きを止める時というのは、その必要があるから。
これまでとは違う方向に向かいたいけれど、ちょっとインターバルが必要な時、だったり
それまでの流れの中で創り上げてきたリズムを変化させたい時、だったり
一旦止まることで、体の深い部分に癒しを起こしたい時、だったり
触れている皮膚の感覚から、そういった体の要求のようなものを聴きとれるようになってきた時、体が突然動きを止めても、焦らずに「待つ」ことができるようになりました。
そして、その「待つ」時間というのは、次の動きをスムーズにするために、体をすっかり解き放つために、決して無視することのできない必要な時間なのだということも理解できるようになりました。
そして焦って待つことを省いてしまった時に起こる弊害も理解できるようになりました。
「待つ」時間をいかに充実させられるかということが、とてもとても大切なのだということを。
人生も同じなのではないでしょうか?
停滞していると感じる時、やる気が起こらない時、物事が動かない時は、動かないことをしっかりと経験する。
動けないことを嘆いたり焦ったりするのではなく、動けない時だからこそできることをやってみる。
動けない時だからこそ気づける「自分」と向き合ってみる。
その、一見何も動きが無いように見える時こそ、実は根底では大きな変化が起きているのです。
だから「積極的に待つ」のです。
そしてその動かない時間をどれだけ大切に過ごせるかということが、その後の人生を軽やかに展開することに繋がるのだと思います。
停滞している時、動けない時、何もできない自分を責めるのではなく、そんな時こそ、自分の心の声にしっかりと耳を傾けて、まずは自分の望むこと、やりたいこと、欲しいものなどに、素直に従ってみてください。
そしてその動かない時間を、ぜひ充分に意識して味わってみてくださいね!
必ずもうすぐ動きが起こってくるはずですから(^-^)
今日も全てに感謝!