整膚とリラクセンス・ボディセラピーを通して、体の手当て+心にも手当て

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自分を諦めない、愛し尊重する

2018/11/18

わたしがこの仕事を始めて2年後くらいから、メンテナンスのためにほぼ月一で通ってくださっている方がいらっしゃいます。

本当にありがたいことです。

その方が先日、施術の後でこんなことをおっしゃいました。

 

 

「きっと世の中の人のほとんどは、このくらいの年(50代半ば)になれば、四十肩や五十肩、腰痛とかあっても仕方ない。ずっと付き合っていくものだと思いこんでいると思うんですよね。

わたしもそう思っていたし。

でも、そうじゃないんだ!ちゃんと自分の体を大切にして向き合って、きちんとケアすれば大丈夫なんだ!って分かったことが、本当に幸せだなって思うんです。

ほとんどの人は知らないですよね、知ってもらいたいなぁ!

諦めちゃうなんて、本当にもったいないですよね!」

 

この方がおっしゃるように、ほとんどの人が、年をとったら体がダメになって当たり前、痛いところがあって当たり前、だんだん動かなくなって当たり前って思っていて、それが当然のこととして受け入れられて常識になっています。

そりゃ、60、70になれば、20代、30代のころのような体ではいられないし、体力や筋力も衰えます。

だけど、だからっていたくても仕方ない、動けなくても仕方ない、だからこれもあれも諦めなきゃならなくても仕方ないなんて、悲しすぎます汗①

そんなこと、いったい誰が決めたんでしょう?

 

 

 

周囲を見回してみれば、80代になっても元気にしゃんとして、楽しそうに旅行をしたり働いたりしている方は、たくさんいらっしゃいます。

この前読んだ雑誌には、103歳で現役スイマーのおばあちゃまの記事が載っていました。

この方が水泳を始めたのは80歳だったそう。

それから何度も自己新記録を更新し続けて、マスターズの記録保持者でもあるそうです。

すご~~~い!!ですよね?!

 

 

この方の行動の原動力になっているのは、きっと好奇心なんだろうなと思うんです。

好奇心って、「それはどんな物なんだろう?どんなことなんだろう?」という、その存在に対する興味だから、好奇心が働く時には、その後の結果がどうかなんて、あまり考えないんじゃないかな?

「やってみれば分かるはず」とか「やらなきゃ分からない」

ただそれだけなんだろうなと思います。

だから、好奇心いっぱいの人の中には、きっと何も行動することなく諦めるということはないんでしょうね!

 

 

 

諦めって、本当に全てのエネルギーを奪ってしまいます汗①

「わたしなんでどうせダメよね」と諦めた瞬間に、やれば形になるはずの努力もしようとしなくなります。

しかも、自分が諦めているという自覚すらないことが結構あるものです。

わたし自身、かつては自分の全てを諦めていて、その自覚もなかったということに、長いこと気づいていませんでした。

そしてそれに気づいた時に同時に気づいたことは、、、

 

何もせずに諦めていたのは、自分の可能性を全て否定していたから、

自分にはそんな力はかけらもないと信じていたから、

自分を大切にしていなかったから、ということでした。

 

愕然としました。

泣いて、泣いて、泣きました(T_T)

 

 

 

けれど、ほんの小さな可能性でも自分の中に見出して、それを持つことを自分に許してさえあげれば、その可能性を広げるためにできることを少しずつ考えようとし始めます。

諦めている自分から、可能性を信じる自分へと、ほんのちょっと向きを変え、その方向に向かい続けると決めること。

ただそれだけで良いんです。

そうやって、可能性を信じる自分でいる道を一日、二日、一週間、一か月、一年間と進んでいくうちに、「ただそれだけ」のことが大きな結果として表れるんですね。

諦める自分は、もうそこにはいないはず。

 

 

 

「以前はすっかり諦めていた」というこの方も、今では、

「欲張りかもしれないけど、死ぬまで気持ち良い体で、全てを楽しんで過ごしたいなぁ~って思います♪」

と、伸び伸びとした体で、生きることの全てを楽しんでいる未来のご自身の姿をしっかりイメージされているようでした。

 

どんな自分でいたら幸せなのか?どんな自分だったら心地良いと感じられるのか?というイメージをしっかり思い描いて、そんな自分になるんだ!と決めて、諦めず、方向性を見失わずにいること。

それをいつもどれだけ意識していられるか、その積み重ねが自分らしい生き方となるんだな、と感じます。

あ、あくまでも妄想を楽しむように、遊び心を忘れずに、ね♬

 

 

 

自分を諦めないということは、自分を大切にすること。

自分を尊重し愛すること。

それが人生に必要な全てなのだと思います。

 

 

 

”今ここ”を味わい尽くすことこそが幸せ

2018/11/11

 

幸せというのはゴールではなくて、幸せに向かっているその道のりのことなんだよ

ある方がこのような内容のことを言われていて、この言葉を聞いた当時は、正直あまりピン!と来ていなかったけど、今になると「本当にそうだなぁ」と実感します。

 

 

わたしは自分自身に戻るために長年いろいろ試してきましたけれど、本当の意味で自分の気持ちに正直になることができてきたのは、「自分の体の感覚を大事にする!」と決めてからのような気がします。

何かをするとき、
何かをされたとき、
何かを言われたとき、
誰かの話を聞いたとき、
何かを経験したとき、

その時どきに自分の中で感じるモヤモヤっとした感覚や、
言葉では表現できないし、あえて言葉にするほどのことではないけれど、それでも確かに感じるちょっとした不快感、

そういった些細な感覚や感情を放っておかずに、「これはいったいなんだろう?なぜこんな感覚になるんだろう?」と、一つひとつしっかり意識するようにし始めたことがあって、それはいまも大切に続けているんですけれど、、、

 

 

そんな風に自分の体が発する感覚を、快も不快も分けることなくしっかりと感じるようにしていると、その都度「じゃ、どんな感覚でいられたらうれしい?」「この先どんな風に感じながら過ごしたい?」と、無意識のうちに自分に問いかけるようになっていました。

そして、そんなことを繰り返していたら、自分が幸せになるための方向性というのでしょうか?
「こんな自分でいられたら幸せ!」ということが、言葉ではなく体の感覚としていつの間にか分かるようになっていました。

そして冒頭の言葉の意味が、少しずつ理解できるようになってきました。

理屈ではなく体で。

 

 

幸せに何か形があるような気がして、「わたしにとっての幸せとは?」と頭で考えてひねり出そうとしてきたけれど、実は、今ここで自分が腹の底から「楽!」とか「楽しい!」とか「うれしい!」とか「幸せ!」と感じているのかどうか、

幸せというのは、ただそれだけのことなんですよね。

 

反対に、ほんのちょっとでも胸がギュッとしてしまうとか、お腹が重く感じてしまったり、どこかに何かしらの不快感を感じるのは、「何か違うんじゃないの?」という、自分自身からのシグナル。

そのシグナルを無視しないで、体が教えてくれる正直な気持ちを認め、受けとめて、それに応えてあげるようにさえしていれば、それだけで、自分にとっての幸せの道へと戻ることができるはず。

 

 

先日、あるお客さまから、「こうすれば良いと分かっていても、なかなか一歩を踏み出せないんです」とご相談を受けました。

色々な自己啓発本などにも、最初の一歩は目をつぶっていても24時間以内に確実にできるくらい、小さなステップにしましょう、と書かれています。

いろんな方のお話をうかがっていると、それでも皆さん、まだまだ大きな一歩を踏み出そうとしているのだな、と感じます。

だって、「できない」ということ自体が既に無理な目標設定なんですよね。

ただ自分ではそのことに気づかないもの。

わたしがそれに気づくことができるのは、わたしも同じようなことを繰り返していたという過去があるからなんですけれどね(笑)

 

 

わたしが彼女にお伝えしたのは、

「こんな自分でいたら楽だな~という方向を向いてみる、ただ向きを変えてみる、ということはできませんか?」

すると彼女は、「それならできますけど、それだけで良いんですか?????」と。

本当に?が5つくらい付いているぐらいに、疑いの眼差しに満ちていました(笑)

はい、最初の一歩は、バカらしいくらいにハードルを低く設定するのがお勧めです(笑)

 

 

わたしが長い年月をかけた末に分かったのは、物事って本当にシンプルなんだな、ということ。

嬉しくて、楽しくて、体のどこにも違和感や不快感を感じずにいられるなら、それをただ楽しめば良い。

でも、楽しいは楽しいんだけど、どこかむなしさを感じたり、胸が苦しくなったりと違和感を感じるのであれば、それは自分にとっての幸せではないのかもしれません。

今ここの自分の感情や、それを伝えてくれている体の感覚にただ素直になる。

それを繰り返しているだけで、自分がどうなりたいのか、自分にとっての幸せは何なのか?が、自分の体丸ごとで理解できるようになります。

そして自分の進みたい方向が分かれば、その道を外れないように進むだけ。

時には間違ってしまったり、道を外れてしまいそうになることもあるけれど、何度間違っても、何度外れても、その度に「あぁ、こっちだった!」と、その道へと向きを変えれば良い。

そうやって「ただそれだけのこと」を繰り返していると、ある日振り返ってみたら、いつの間にか、一歩どころか百歩くらい進んでいた!ということになっているんですね。

「ただそれだけ」を大切に積み重ねる、それは本当に大切なことなんですね。

 

 

今ここにある些細な感覚や反応の全てを大切にする。

これはリラクセンスで最も大切にしていることで、これを抜きにはリラクセンスという手技は成り立たないくらいです。

 

誰の中にも、その人だけの楽や幸せの形があります。

その道のりで経験できる全てを、今ここで味わい尽くすこと、それが幸せなんですね。

 

 

今まで知らなかった自分に会った!

2018/11/7

ブログをご訪問くださってありがとうございます。

 

 

かなりご無沙汰してしまっているうちに、季節は晩秋から冬へと向かっていますね。

皆さま、お変わりなくお過ごしでしょうか?

わたしはここ数年続いている大きな変化の終盤に差しかかっているな~と感じつつ、大波小波を感じつつ(笑)、静かに穏やかに日々を送ることができています。

感謝です。

 

そんな中、4年前にリラクセンスのモニターを受けてくださった方が、久しぶりに施術を受けに訪ねてくださいました。

 

 

 

4年という歳月の間に、歯車を狂わせるような様々なことがあり、どん底に落ちてしまったように感じられ、もがきにもがいて、それでも抜け出すことができず、途方に暮れて疲れ果ててしまったとのこと。

どうにもできずに半年ほど過ごしていた時に、ふと、4年前のリラクセンスの気持ちよさそを思い出してくださり、ご連絡くださったということでした。

苦しい中で思い出していただけたことがとても嬉しく、なんとか立ち直るきっかけをつかんでいただけたら・・・と思いながらお迎えしました。

 

 

 

彼女には、1カ月弱の間に3回の施術を受けていただきました。

1回目は、バラバラになってしまった体や心を一つにつなぐことを目的に、

2回目は、最も緊張の大きかった脚や腰の歪み改善を目的に、

そして3回目は、強い緊張が残っていた頭や顔、首周りを中心に。

必要に応じて整膚とリラクセンスを組み合わせ、最適と思われる施術を行わせていただきました。

 

 

そして3回目の施術の最後に、椅子で仕上げのリラクセンスを行ったのですが、それが終わった時の彼女の反応が、、、

 

「すごい!・・・すごい!・・・えー?なんて言ったら良いんだろう・・・すごい!!」と、後は言葉にできず、ただただ笑うばかり(笑)

今まで知らなかった自分に会った!っていうのかな?『こんなわたしがいたんだ!』って。ずっとこの自分でいられたら、すごく楽だなぁ~

 

体を通して、今まで知らなかった自分と出会った体験の驚きや戸惑いや喜びや、そういった言葉にならない感情や感覚を何とか伝えようとしてくださっていることが、お顔の表情や体全体から伝わってきました。

 

 

 

普通の一般的な施術は、表れている症状に合わせて、いわばセラピストが主体となって施術を行いますが、

わたしが行なっている施術は、相手の体がどのように反応するのか、それだけを手掛かりにします。

その反応にセラピスト側が寄り添いフォローすることで、体は次の反応を示してくれます。

そしてまたその反応に寄り添いフォローする。。。

その繰り返しによって、体は自分で勝手に緊張をほどいてくれるんですね。

体にはそのように、自らを良くしていくための機能が備わっているんです。

誰の身体にも。

ただ、その力を信じ切れるかどうか、それだけなんですね。

 

 

 

彼女にも事前に何度もそのことはお伝えしてはいましたけれど、頭では「そうなんだ~」と理解していても、今一つピン!ときてはいなかったようでした。

そしてそれが体感できたときに初めて、「あぁ!こういうことなんだ!」と体で理解できたんですね。

でもそれは、これまでの人生で感じたことのない想像を超えた感覚で、言葉で表現しきれないものなんですね。

 

 

 

彼女が「今まで全く知らなかった自分」と表現したのはどんな自分だったのか、そのことについてはまた後日書かせていただこうと思います。

その発見は、彼女にとって体に対しての認識という枠を超えて、人生の様々な場面にも影響するような大きなものだったようでした。

 

 

 

腰や足の痛みの原因になっていた歪みや、お顔や頭のむくみや歪みもほぼ解消されたようで、とても喜んでいただけて、3回の施術でめでたく卒業となりました♪

「これからは自分がどちらを向いていきたいのか、しっかり意識します」

「調子が悪くなったらまたお願いします!ありがとうございました♪」

そんな言葉を残し、軽やかに晴れやかに去っていく後姿を見送りながら、ありがたい仕事をさせていただいていることに、涙が出そうになりました。

こちらこそ、ありがとうございます。

 

 

 

体の声をしっかりと聴くことさえできれば、そしてその声に寄り添うことさえできれば、体はこんなにも早く、気持ち良い感覚の中で、楽になることができるんです。

ただ、それはこれまで体験したことのない感覚なので、そして一人ひとり体感は違うので、言葉で説明して全てを理解していただくことの難しさをいつも感じますけれど、、、

それでも諦めずに伝え続けていこうと思います。

だって、みんなが気持ちよく楽に、幸せに暮らせることが一番だと思うから。

皆さまにも応援していただけたら、とても嬉しく思います。

 

 

 

死の中でも生は輝き続ける

2018/9/29

いつの間にか、金木犀が香る季節になりました。

季節の変わり目、とにかく気温差が激しいですね汗②

こんな時は自律神経のバランスを崩してしまいがち。

ゆっくりとご自分の体にやさしい目を向けて、しっかりと休息をとってくださいね。

 

 

 

先日、動物のボランティア仲間であり、お客さまであり、友人でもあった女性のお通夜に参列してきました。

このブログでもお伝えしたことがありましたが、癌に侵され、6月の後半から整膚を受けてくださっていた方でした。

 

 

彼女が癌に侵されているとわたしが知ったのは、3月半ばのことでした。

聞けば今年の初めに癌であることが発覚し、それ以来闘病を続けていたとのこと。

そして6月の半ば過ぎに、完治に向けて集中的に施術を受けたいとご依頼を受けました。

それ以来、ほぼ1週間に一度の割合で、ご自宅や病院に伺って、整膚を続けてきました。

 

 

元々とても前向きで、精神と体の関係をよく理解されている方だったので、「癌になったのはこれまでの生活習慣や食生活など、自分に原因があったはず。それを正していけば、必ず治ると信じている」

「とにかく免疫力を上げて、心身のバランスを取り戻さなきゃ!」

そう言って、いつも前を向いて進んでいました。

 

 

ですが、既に頸骨に転移していた癌細胞は、休むことなく彼女の体をむしばんでいきました。

体は徐々に痩せていくばかりでしたが、そんな中にあっても彼女の瞳は常に生命力に満ち溢れ、強さを失うことなく輝き続けました。

そして、とても不思議ぎなことなのですけれど、生理的、肉体的には弱っていっていると思われるのに、触れた手に感じる彼女の身体からは、いつも生命力があふれているのでした。

毎回毎度、間違えようもなく、生き生きとしたエネルギーを感じるのです。

そしてそれは最期に会った死の前日まで変わることはありませんでした。

 

 

 

一般的には、生と死の間には大きな隔たりがあり、死んだら全く別の世界へ行ってしまう、いなくなってしまうと思われがちですけれど、

彼女との最期の3か月を通して、そして最期まで生きようとした彼女の姿を目の当たりにして、わたし自身が身体で受け止めたのは

 

死は生の一部であること

死の中にも生があること

死に向かう肉体の中でも魂は強く生きようとし、永遠に生き続けるのだということ

 

癌と闘い続けて、一般的に言えば“癌に負けた”と言われるような形だけれど、そうではなくて、

彼女の魂は最期まで前をしっかりと見つめて立派に生き続け、そして今も生き続けているのだということ

 

 

うまく言葉にできないけれど、、、

これまでも今も、彼女の魂=本質は力強く生き続けているのだということが、疑いようのない事実として、理屈抜きで信じられるのです。

 

 

 

最初から最期まで、彼女は信念の人でした。

そしてわたしのことを全面的に真っ直ぐに信頼しきってくれていました。

その信頼に応えられたのかどうか、その自信は今もみじんもありません。

でも、彼女が信頼しきって最期の時を共に過ごさせてくれたことの意味を深くしっかりと受け止めて、彼女が遺してくれたとてつもなく大きな課題と正面から向き合って、

これからもわたしを必要としてくださる方がいれば、その信頼に応え続けようと思います。

そうすることが、わたしから彼女への精一杯の感謝のしるしになると思うから。

 

 

 

 

心と体の真ん中に まぁるい空間を

2018/8/14

気づけば半月以上もブログを書かない日が続いていました汗②

その間に月は変わり、立秋も過ぎ、お盆を迎えていますね。

 

 

そんな中、日々起こることをできるだけ丁寧に拾い集めていたら、

この夏の大きな気候の変動に呼応するように、心身ともに変化を迎えていらっしゃる方が多いことに気づきました。

 

 

その変化があまりに大きくて、どんな風に変化していくのか分からなくて不安になってしまうこともありますけれど、必ずや奥底にある自分の本音、魂の願いの通りになっていくはず。

だから決して自分にウソをつかないように、自分で自分をごまかさないようにしていたいですね。

 

 

 

心にも体にも

何のわだかまりもなく つっかえ棒もない

内側にぽっかりと

まぁるく温かい空間を広げてあげましょう

そしていつもそこで自分自身を

気持ちよく くつろがせてあげましょう

 

 

 

弱さがあるから強くなれる

2018/7/24

先日、姉のお友だちがお母さまと一緒に整膚を受けにいらしてくださいました。

そのお友だちはずいぶん前に整膚を受けてくださっていて、今回はご自身のことももちろんなのですけれど、お母さまのケアを一番に考えていらしてくださったのだな、と思いました。

というのも、お母さまは何年か前に事故に遭った際大けがを負い、それ以来、体のあちこちが緊張して、様々な刺激に敏感になっていらっしゃるようで、強い刺激では体への負担が大きすぎるとのことでした。

そこで、整膚なら気持ち良く体もほぐれるのでは?と考えて、お越しくださったわけなんです。

 

 

最初こそ、緊張が強くて引き連れ感のある部分の肌は、ちょっと痛いと感じられたようですが、痛みを感じない程度の弱い力で軽く触れていくうちに、徐々に緊張もほどけてきて、「気持ち良いわね~」と、ウトウトされていました。

眠くなる、いつの間にか眠ってしまうということは、体がその刺激を気持ち良く受け容れている証拠。

わたしにとっては、どんな言葉よりも感じていらっしゃることを伝えてくれていると感じられます。

 

 

 

わたしのところにいらしてくださる方は、「押されたり揉んだりされるのが苦手」とか、「強いマッサージだとかえって具合悪くなっちゃうの?」というような、一般的な施術が体質や好みに合わないという方がほとんどです。

今回も、新たにいらしてくださった方の施術をしていて、これまでずっとやってきたこと、学んできたことの全てが一つにつながったような、不思議な感覚に陥りました。

 

 

わたしのところには、たくさん存在している人の中で、様々な意味で外部からの強い刺激に敏感に反応する方々、つまり刺激に“弱い”方々が来てくださること。

リラクセンスや整膚で学んだ、“弱い”力で相手の体に寄り添い、その治癒力を引き出すこと。

わたしが行なっている施術は、体の中の一番緊張の強い部分、つまり体の中で一番“弱い”部分、一番“弱い”力で寄り添う必要がある部分を基準として向き合うものであること。

 

このように、わたしの施術を語るうえで、“弱い”という言葉は欠かせない要素になるんだなぁと気づいたのですが、“弱い”という言葉にも様々な意味合いがありますね。

・力や技が劣っている
・心身が丈夫でない。病弱である
・意志が堅固でない。心がぐらつきやすい
・環境や条件に屈しやすい。物事に耐える力が乏しい

などなど、誰かの助けを必要とするか細いイメージを伴う言葉ではありますけれど、一方で、

・程度や度合いが小さい
・ゆるみがある。固くない

など、“優しい”という言葉に置き換えられるような、柔らかなイメージを持つ言葉でもあります。

 

 

わたしがこれまで行ってきたことは、そしてこれからも続けていくだろうこと、大切にしていくべきことは、目の前の相手の方の最も“弱い”部分と向き合い、そこに“弱い”力で“優しく”寄り添うことなのだな、と。

そして、「この自分で大丈夫なんだ!」と、その方が安心して次へと進むためのきっかけ作りやお手伝いをさせていただくことなんだな、と。

“弱い”という言葉がキーワードとなって、自分の道をはっきり見せてもらったような感覚になりました。

 

 

 

人間は強くて弱い。

強いだけの人間もいないし、弱いだけの人間もいない。

誰かが自分を頼りにしてくれるときは、喜んでそれに応えられるだけの自分でありたいと思いますし、

また自分がどうしようもなく弱った時には、やっぱり誰かに寄り添ってほしいと思うし、そんな自分の弱さを丸ごと受け容れて、素直に助けを求められる自分でありたいとも思います。

本当の強さというのは、今現在の自分の弱さもダメさも全てそのまま受け入れて、素直に認められることだと思うから。

“弱さ”は確かに弱さではあるけれど、そこに寄り添った時に初めて本当の“強さ”を引き出すことができるのですね、きっと。

 

 

”祈り”の時間について

2018/7/21

毎週日曜日の22時から30分間、祈りと遠隔氣療の時間を持っています。

最初の15分間はご希望くださる方と一緒に、世界を幸せで満たすため、地球を癒すための“祈る”時間とし、後半の15分間はご希望くださる方へ遠隔氣療を行っています。

元々は遠隔氣菱だけを行っていたのですけれど、2018年の7月から皆さまとともに”祈り”の時間を持とうと決めました。

なぜ皆さまとの祈りの時間を持とうと思ったのか?

また、どの様なことを、どのように祈るの?など、わたしの想うところをご理解いただき、ご賛同くださった上でご一緒していただきたいと思いますので、ご一読いただけますようお願いいたします。

 

 

わたしたちが住む地球は、至るところで様々な問題が起こっています。

たとえ遠い場所で起こっていることであっても、直接自分の人生に関係ないと思われるようなことであっても、同じ地球に生を受けたわたしたちにとって、起こっていることは全て、決して無関係ではありえません。

そしてその物事を解決するために直接できることがないとしても、「皆にとってベストな形に変化していきますように」と祈ることはできますよね?

 

わたしは祈りの力を信じています。

もちろん一人で祈ることはできますけれど、皆が力を合わせて無心に祈るとき、物事を動かす大きな力になると信じています。

そして今、皆が心を一つにして世界の平和と幸せのため、地球を癒すために祈ることが、とても必要なのではないか?と痛感しています。

もし同じように思ってご賛同くださる方がいらしたら、ぜひご一緒に心を合わせてお祈りしていただければと思います。

 

 

ここでお伝えしておきたいことがあります。

“祈る”という言葉を使っていますけれど、決して宗教的なものではありません。

ですので、祈る対象は神さまでも仏さまでも、イェス・キリストでもアッラーでも、大いなる存在でも、全く問いません。

各自が信じる“存在”に対してお祈りしていただければと思います。

大切なのは、心を一つにして、自分自身を含む全ての生きとし生けるもののために良きことが起こるようにと意識を向けること、です。

 

またその際、一つだけ心がけていただきたいことがあります。

「被害が少なくなりますように」とか「戦争がなくなりますように」など、マイナスに見える出来事を否定したり排除するような祈り方はしないでください。

代わりに、「みんなに平安が訪れますように」「世界が愛と平和で満たされますように」など、望む状態をプラスの言葉を使ってお祈りしてください。

理想とする素晴らしい世界を思い描きながら、愛や平和、豊かさや思いやりなどに意識を向けてお祈りしてください。

意識を向けたモノ、コトを拡大させるのが意識の働きです。

好むと好まざるとに関わらず、マイナスにフォーカスすれば、そのマイナスを拡大してしまう結果になるのです。

ぜひこれだけは忘れずに、お祈りしていただければと思います。

 

 

もし賛同くださり、ご一緒にお祈りしていただける方は、いつものようにコメントくだされば心強く嬉しいですけれど、ひっそりと気持ちを合わせてお祈りしてくださっても嬉しいです。

どちらでもお気持ちにお任せします。

そして遠隔氣療にについての詳細はこちらに書いてありますので、ご希望される方はご一読いただいた上でお知らせください。

 

 

この取り組みによって一人でも多くの方のお気持ちがひとつになり、たくさんの方々の幸せと平和につながることを心より願っております。

 

 

 

『地球交響曲ガイアシンフォニー』を観て

2018/7/18

以前から観たいと思っていた「地球交響曲ガイアシンフォニー」を逗子で上映すると知り、今日観てきました。

 

 

 

 

 

『もし、地球が一つの生命体であるとするなら・・・』

そんな概念を裏付けるかのように、現代の常識を超えたことを成し遂げた6人の人々からなるオムニバス映画です。

 

世界でただ一人、酸素ボンベも使わずに単独で世界の8000メートル級の山を登り尽したアルピニスト、

象牙密猟者のために親を殺されたゾウの赤ちゃんを育て、野生に戻す活動を30年以上続け、最初に育てたゾウとの間に言葉を超えた深い愛情と信頼を築いた女性、

自然の全ての現象に神が宿ると信じた古代ケルト民族の宇宙観を謳う歌手エンヤ、

宇宙空間の完全な静寂の中にに一人取り残され、「ここにいるのは私であって私でなく、地球を癒すの全ての生命、そして地球そのものをも含めた我々なんだ」という、それまでの人生観を大きくした変えられた宇宙飛行士、

 

こういった様々な分野で探求を続ける人々の言葉は、経験から発する真実の重みが感じられました。

けれど、あまりにも壮大すぎて深すぎて、今はまだ感覚で受け止めるしかできない感じで、言葉で説明できるようになるには、ちょっと時間が必要なようです。

 

そんな中から一つだけ、セラピストとして大切にしていることに通じる言葉をいただいたので、書かせていただこうと思います。

 

 

 

6人の中の一人、植物学者の野澤重雄さんは、たった一粒の普通のトマトの種から、バイオテクノロジーも特殊な肥料も一切使わず、一万三千個も実のなるトマトの巨木を作ったそうです。

映画の中ではその成長までの過程を克明に記録しながら、科学の常識では理解できない、野澤さん独自のトマトの生命哲学を聞いていきます。

 

 

「トマトは心を持っている。私はそのトマトの心にたずね、トマトに教わりながら、成長の手助けをしただけ」

 

トマトに何が必要かたずね、その必要を満たしてあげれば、トマトはその能力の限界まで成長することができ、そしてその成長は、科学的に常識とされている域を遥かに超えるものとなり得る。

これまでの科学は、目に見えないものは決して受け入れず、排除してきたけれど、これからは目に見えないけれど確かに存在するものをも受け入れてこそ、発展がある。

そんな言葉を投げかけていらっしゃいました。

 

 

「トマトの心にたずね、トマトに教わりわりながら、成長の手助けをするだけ」

この言葉には、わたしがセラピストとして体と向き合う時に大切にしている心構えの全てが言い表されています。

答えをわたしが出すのではなく、答えは相手自身の中にあることを信じ、その心を100%尊重する。

常に100%の域に達することができているのか、わたしには確信がありませんけれど、確かな確信をもって、このような信じがたい結果を残している人がいる。

このことに大きな刺激を受けるとともに、同じ道を歩んでいることに何とも言えない感謝の気持ちが湧いてきました。

 

 

 

一人ひとりの中に答えがある。

そしてその答えを尊重することで、それに対する相手の反応が生まれ、そこから新たな循環が生まれる。

 

リラクセンスで大切にしているこのような概念は、やはり宇宙を含めた自然界の真理なのだと、改めて認識するとともに、

これからもこの真理を大切に、自分や目の前の相手と向き合っていこう、全ての物事と向き合っていこうと、決意を新たにしました。

 

 

遠隔氣療→祈りと遠隔氣療の時間とさせていただきます

2018/7/15

約2年前から毎週日曜日の22時から30分間、遠隔氣療をさせていただいておりましたが、前回は初めて皆さまと一緒に”祈る”時間を共にさせていただきました。

そして今後は、毎月第1週目は同じように祈る時間を持ち、それ以外の日曜日はこれまで同様、ご希望者に向けて遠隔氣療を行う予定ですと皆さまにお知らせしておりました。

けれど、この1週間考えた結果、これを変更することにいたしました。

 

 

毎週日曜日の22時から30分間行うことは変わりありませんけれど、

毎週ともに、最初の15分間はご希望くださる方と一緒に、世界を幸せで満たすため、地球を癒すために“祈る”時間を持ちたいと思います。

そして後半の15分間は、これまで続けてきたとおり、ご希望くださる方へ遠隔氣療を行います。

 

 

なぜ皆さまとの祈りの時間を持とうと思ったのか?については、先週も書きましたけれど再度書かせていただきますので、一度お読みくださった方には重複いたしますが、もう一度お読みいただければと思います。

 

 

わたしたちが住む地球は、至るところで様々な問題が起こっています。

たとえ遠い場所で起こっていることであっても、直接自分の人生に関係ないと思われるようなことであっても、同じ地球に生を受けたわたしたちにとって、起こっていることは全て、決して無関係ではありえません。

そしてその物事を解決するために直接できることがないとしても、「皆にとってベストな形に変化していきますように」と祈ることはできますよね?

 

 

わたしは祈りの力を信じています。

もちろん一人で祈ることはできますけれど、皆が力を合わせて無心に祈るとき、物事を動かす大きな力になると信じています。

そして今、皆が心を一つにして世界の平和と幸せのため、地球を癒すために祈ることが、とても必要なのではないか?と痛感しています。

もし同じように思ってご賛同くださる方がいらしたら、ぜひご一緒に心を合わせてお祈りしていただければと思います。

 

 

ここで念のために一言。

“祈る”という言葉を使っていますけれど、決して宗教的なものではありません。

ですので、祈る対象は神さまでも仏さまでも、イェス・キリストでもアッラーでも、大いなる存在でも、全く問いません。

各自が信じる“存在”に対してお祈りしていただければと思います。

大切なのは、心を一つにして、自分自身を含む全ての生きとし生けるもののために良きことが起こるようにと意識を向けること、です。

 

またその際、一つだけ心がけていただきたいことがあります。

「被害が少なくなりますように」とか「戦争がなくなりますように」など、マイナスに見える出来事を否定したり排除するような祈り方はしないでください。

代わりに、「みんなに平安が訪れますように」「世界が愛と平和で満たされますように」など、望む状態をプラスの言葉を使ってお祈りしてください。

そして理想とする素晴らしい世界を思い描きながらお祈りしてください。

意識を向けたモノ、コトを拡大させるのが意識の働きです。

好むと好まざるとに関わらず、マイナスにフォーカスすれば、そのマイナスを拡大してしまう結果になるのです。

ぜひこれだけは忘れずに、お祈りしていただければと思います。

 

 

こういうわけで、皆さまとの”祈り”の時間を持つことを決めたのですけれど、実際に行ってみて、これは月に一度だけではなく、できれば毎週この時間を持つことが必要なのでは?と感じ、

一方で、もしかしたら30分間祈るという行為は、ごく一般の方には長すぎると感じられるかもしれないとも思い、

その結果、冒頭でご説明した通り、毎週祈りの時間と遠隔氣療の時間を15分ずつ持つことに決めました。

決めたと言っても、今後皆さまから新たなご要望があったり、求められていることが違うと感じられた時には、フレキシブルに変更していこうと思います。

 

 

もし賛同くださり、ご一緒にお祈りしていただける方は、いつものようにコメントくだされば心強く嬉しいですけれど、ひっそりと気持ちを合わせてお祈りしてくださっても嬉しいです。

どちらでもお気持ちにお任せします。

そして遠隔氣療につきましては、詳しいことはこちらをご覧ください。

 

 

何だか説明が長くなってしまって、分かりにくくなってしまっていたらごめんなさい?

この取り組みによって一人でも多くの方のお気持ちがひとつになり、たくさんの方々の幸せと平和につながることを心より願っております。

 

 

 

癌の方へのケア~人生のリセットを

2018/7/13

今日、友人からほんわかとってもかわいくて素敵な贈りものが届きました!!

 

 

 

 

友人のお母さま手作りの”さるぼぼ”。

※”さるぼぼ”とは・・・飛騨高山など岐阜県飛騨地方で昔から作られる人形。飛騨弁では、赤ちゃんのことを「ぼぼ」と言い、「さるぼぼ」は「猿の赤ん坊」の意。近年では、土産として飛騨地方の観光地で多く見られる。

 

さるぼぼだけでなく、周りに置いてある手まりや箱も全て、手作りの品。

それにね、これのさるぼぼたち、小さくて分かりにくいと思うんですけど、お顔がフウセンカヅラの種なんですよ。

 

 

 

 

さるぼぼ×9人で「苦難が去る」という意味があるそうです。

可愛すぎて、素敵すぎて、ありがたすぎて、もうジンワリきちゃいました涙

Aさん、心のこもった贈りもの、本当にありがとうございます!

 

 

 

実はね、この3週間ほど、癌の方へのケアをさせていただいています。

以前、整膚を受けにいらしてくださっていた方なのですが、しばらくの間お顔を拝見していませんでした。

そしてこの春のこと、今年になって癌が発覚し闘病生活に入られているということを知りました。

それからしばらく経った先月の半ばに、「集中的に整膚を受けたい」とご依頼いただいたのでした。

 

 

西洋医学的に言えばかなり厳しい状況で、言葉で説明を受けると絶望的ともとれる状態ではありますけれど、、、

わたしはほとんどの病気は、心身のバランスを崩したり、これまでの生き方をリセットする必要があるときに発症するのだと考えています。

特に癌は、ウィルスや細菌などの感染症とは違って、元々は自分の細胞だったはず、
それが何らかの要因で異常な分裂を起こした結果に過ぎない、
だからその原因となった状態を無くすことで、寛解へと進むことができるはず、

そう考えています。

彼女もわたしがそのような考え方でいることを理解しており、彼女もまた同じような考えを持っており、だからこそ、体と心の両面でのバランスを取り戻すべく整膚を選んでくださったとのことでした。

そして今、これまでの自分をリセットすべく、果敢に臨んでいらっしゃいます。

 

 

 

でも、

わたしがこのような考え方を信念として持っているからと言って、全く心が揺さぶられないわけでは決してありませんし、「いったい自分に何が出来るのか?」と反問しない日はありませんけれど、

このタイミングでわたしを信じてご依頼くださったことの重さや意味をしっかりと深く受け止めて、ともに歩んでいこうと思います。

”わたしが良くしてあげる”のでは決してなく、彼女自身に備わっている生きる力の強さをとことんまで信じ切って、ただただそれを引き出すきっかけを作ることさえできれば、自ずと体が答えを出してくるはず。

そのために精一杯できる限りのことをやり遂げたい!と思い、セッションさせていただいています。

そして彼女ともたくさん話し、常に同じ方向を見て、ともに進もうと思います。

 

 

 

わたしにできることは本当にわずかなことでしかないかもしれないけれど、どんなにささやかであっても希望の光がある限りは、その導いてくれる先にあるものを100%信じる切ろう!

彼女が自分自身の中に存在している”生きる力”を信じ切ってくれることを信じよう!

そして今この瞬間にできることを、たとえどんなに小さなことでも重ねていこう!

奇跡と見えるような結果を招くのは、いつも小さな歩みの積み重ねだから。
そして、たとえそれが目に見えないものであっても、その見えない大切なものを信じ切る強さが必要なのだと思うから。

 

 

 

友人から贈られた”さるぼぼ”が、彼女の苦難も取り去ってくれますように!

そして、今苦しみの中にいるたくさんの方々の苦難も取り去ってくれますように!!

今ここに生きていることに心から感謝しつつ、全ての方の幸せを、この可愛らしいさるぼぼたちに祈らずにはいられません。